おはようございます^ ^
昨日、記事をUPしてから考えた…
ビズリーチって最近、古い映像使ってるなぁ(関西だけかも)
本田博太郎さんのやつ^ ^
私の亡くなった母が昔、京都は太秦(太秦)の大映通りってところでスナックをしていた。
映画村とかがあるのは有名ですよね。
実際、あそこには撮影所もあって、時代劇の撮影なんかはしょっちゅう撮られていた。(今は知らん)
そのすぐ近所の商店街が大映通りというところ。
撮影の合間にちょんまげ姿の役者さんがスクーターで走ってたりする^ ^
2〜3軒あったパチンコ屋さんも、客層が面白い状態のこともしばしば^ ^
私が18歳頃にパチンコ打ちに行って、必死になってたら隣の台に良い香りのする着物姿の女性が座った。
なんかものすごいオーラみたいなんを感じてチラッと見ると、なんとタバコをくわえた岩下志麻さんだった!
あの頃の岩下志麻さんは、極妻シリーズとかでブイブイいわせてた頃^ ^
普通ならパチンコどころじゃないはずなのに、私は変わらず打ってました^ ^
周りの客も慣れているのでスルーするか、気楽に話しかけてたりした^ ^
俳優さん達も、普通にしてくれてるからか、普通の人でした^ ^
ただ、大物はオーラは消せないってのはわかりました^ ^
で、私の母のお店にも有名人が結構来ていて、ボトルにはキラキラ衣装でサンバ踊るあの人の名前があったりした。
本人が来たのは1度だけとかやろうけどね^ ^
その母いわく、本田博太郎さんがまだ売れない頃によく来られてたみたいで、TVで見掛けるようになった時に「ひろちゃんもやっと世間に認められたわー」
なんて言ってました^ ^
あの当時の太秦の撮影所で1番偉い人が母と知り合いで、私も何度か酒の相手させられました^ ^
まだ未成年やったけど時代ですね^ ^
その人に、撮影所の喫茶店で働いてくれへんか?
と頼まれた事があります。
後で母から聞いた話ですが、その人の考えは、私をとある俳優さんに紹介して付き人にさせて芸能界に入れようとしていたらしいです^ ^
そのために、喫茶店で働かせて引き合わせる計画だったみたい。
その当時の私は、あの頃よく見かけた
ザ・ヤンキーで、自分が気に入らないと何もしない奴でした。
だから、いきなり付き人の話を出しても無理やと判断して、喫茶店で働いてみる?って事にしたらしい。
私も時給が良かったので、二つ返事で了承しました。
が、ヤンキー気質というより、B型気質なのか、バイト初日からめんどくさくなって行きませんでした^ ^
その後一度だけその人に会って、謝罪はしましたが疎遠になりました。
あの時行ってたら、今頃はハリウッドにいたかもしれません^ ^
おしまい